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「昨日遺忘的路」

■台湾出身(在住?)の李翊君(リンダ・リー、もしくはリー・イーチュン)という女性シンガーが、1990年に英五さんが作曲した曲を唄われてるそうです。作詞は呂國樑という人だそうで、この作詞者が訳詞をしたカバーだろうとは思うのですが提供曲なのかもわかりません。タイトルは「昨日遺忘的路」です。雰囲気的には「旅的途上」のような気もしますが、90年に既に「旅的途上」が出来てたかと思い出すと曖昧です。この「昨日遺忘的路」という曲のの正体は何なんでしょう?
管理人 --2005年11月03日(木) 01:12 [53]

■「昨日遺忘的路」は、ずばり「酒と泪と男と女」です。
 音源はこちら:
  http://www.haoting.com/htmusic/24554ht.htm
  http://www.qqmusic.com/ting/383/29464.htm  
  ※いずれもサーバ or 回線が遅いので、ものすごく時間がかかります。
中国のYahooやAltavistaなどの検索エンジンで探すと、他にもサイトが
見つかるかもしれませんが。
◎ご参考:
 李翊君さんのプロフィール ?
  http://combo.yahoo.com.cn/search?p=%C0%EE%F1%B4%BE%FD
 李翊君さんのblog ?
  http://blog.sina.com.cn/m/liyijun
Yakkun --2005年11月13日(日) 00:16 [54]

■英五さんのオリジナルが「酒和涙水和男人和女人 」で紹介されてる記事を閲覧したことがありましたので、 「昨日遺忘的路」というタイトルに変えられ唄われているというところまでは考えがおよびませんでした。深夜に私の環境では下のサイトのほうが滑らかに聴けましたが、上のサイトは3度ほど音飛びが発生しました。なかなか甘くて切ない雰囲気で唄われて良い感じでした。どうも、ありがとうございました。
管理人 --2005年11月15日(火) 00:30 [55]
No.106
口笛

■たまに、曲の間奏やラストの演奏時にいきなり口笛を吹かれて「(おぉーーー!)」と驚かされましたが、上手で粋でカッコ良かったです。いま「旅からの便り」「ゴルゴダの丘」ぐらいしか思い出せないのですが、他にこんな曲で口笛を吹かれてたよ・・・という情報はありませんか?
管理人 --2006年04月07日(金) 02:00 [66]

■口笛の入った曲として思い浮かぶのは「シャドーボクシング」「木靴の唄」などが有りますが、「うたたね」
でも有ったような無かったような・・・
口笛と言うよりも“指笛”が入る曲では「太陽の島」がありますね。
口笛を吹くときはマイクを吹かないように(ボコボコというノイズになってしまうので)少し横を向いて吹かれていましたね。
i-mac --2006年04月08日(土) 11:34 [68]

■口笛ですぐ思い浮かぶ曲は、管理人さんとi-macさんに挙げられてしまいましたが、
(何人かのファンの方達のお陰で聴くことの出来た)「遠足」にも入ってますね。
あと不確かですが「風になれ」でも聴いた事があるような・・・
本当に英五さんは口笛がうまかったですよね〜!
ムラ --2006年08月05日(土) 02:11 [75]
No.105
ゴルゴダの丘

■おそらくどのリリース盤でも2番の出だしは、
 ♪そうだね君の言うとおりだよ ・・・
となっているかと思います。『文明機戰螢蝓璽弘聞澆80年半ばでさえ、LIVEではいつも、
 ♪夕陽に染まる赤い頬に 〜 そんなことを考えていたんだ
が2番の出だしでした。男の子の心理を描写したこの部分は曲の要だとも思え好きなのですが、何故アルバム収録時には削られたのでしょうか?
管理人 --2006年04月07日(金) 01:41 [65]

■>おそらくどのリリース盤でも・・・
 →これはどのLP、CDに収録されているものも1つの同じ音源のものだったと思います。
>何故アルバム収録時には削られたのでしょうか?
 →この曲は英五さんが書いてすぐにあさもりかいさん提供した曲だったのであさもりかいさんがレコーディング
の予定でした。単に「長いから」という理由でレコーディングディレクターが勝手に2番の歌詞の頭部分をカットした
カラオケを先に作ってしまったようです。
訳が有ってあさもりさんはレコーディングされず、なぜか英五さんがあさもりさん用に作られたキーの少し高い
オケをそのまま使ってレコーディングしてしまったようですね。だから、曲としては
♪夕陽に染まる赤い頬に 〜 
の歌詞が存在するのが本来の姿だと思います。
この曲の主人公は“お父さんのことを信じられなくなって心傷ついた少女”と“その少女をやさしく見守っている少年”
という設定なのでその“少年”は英五さん自身の心の中のイメージなのではないでしょうか?
http://members.jcom.home.ne.jp/seiichi-tnk/music.html
1ページ目後半〜2ページ目前半、4ページ目後半〜5ページ目 参照
そう言えば「河島英五のニューミュージック・ナウ」いう番組の中であさもりかいさんが担当した「ポエム・ポエム・ポエム」
という“詩を朗読する”コーナーが有りましたが、そのコーナーのBGMが「ゴルゴダの丘」のカラオケでした。

ついでに疑問ですが「湾岸ハイウェイブルース」で
♪俺と不景気と袖のない服のせいや 泣けるほどおまえがやせて見えるのは〜
という部分の歌詞がアルバム収録時に削られたのですが、この部分はこの曲の要だとも思えるのですがなぜでしょうね?
この原曲の歌詞はかなり大阪弁(?)だったのですがレコーディング時に大部分を標準語(?)に歌詞を書き換えられ、
その時に抜いたのでしょうか?
i-mac --2006年04月08日(土) 11:31 [67]

■なるほど、作品の内容ではなくレコーディングの都合が優先されてしまって2番が削られちゃったのですね。いずれにしても「ゴルゴダの丘」は、
 ♪夕陽に染まる赤い頬に 〜 
を含んだ正調「ゴルゴダの丘」がリリースされていないのは残念でなりません。
「湾岸ハイウェイブルース」の
 ♪俺と不景気と袖のない服のせいや ・・・
の部分も”俺”の心の内が切なくて泣かせますね。削られた理由はわかりませんので回答にはなりませんが、『ろまんちすと』(1987/10/01)リリース時には景気が上向いていたからなんでしょうか?
管理人 --2006年04月08日(土) 22:08 [69]

■ 私は管理人さんと違い、ライブでは「文明 I」の歌詞でしか聴かなかったように思います。『たった一人の〜』?のラジオ番組で聴いた♪夕陽に染まる赤い頬に〜♪の部分が削除されたのは残念でしたが、全体の曲のイメージからはない方がいいかも・・と思ったりもしたので、一度発表した唄も含め歌詞に対しいつまでもこだわられていた英五さんの思いで削除されていたと想像していました。(多分二バージョンで唄われていたのでしょうね)
この唄と「箱いり息子」は同じ人のことを唄っていると、昔英五さんから聞きましたが、確か英五さんの(甥っ子、姪っ子、いとこといった)身内の方だったように思います。お父さんが訳あっていなくて、お母さんと二人暮しだったと記憶していますが、ライブで少し語れる際にも前述の歌詞同様に英五さんがとても気にかけていらっしゃったのが十分伝わってきました。
ムラ --2006年04月11日(火) 02:39 [70]

■ムラさんに反論する訳では有りませんが、私の場合も管理人さんと同様、ライブでは ♪夕陽に染まる赤い頬に 〜 
の部分が有るバージョンを聴いていたような気がします。
私が初めて「ゴルゴダの丘」を聴いたのはあるテレビ番組で英五さんがピアノで「♪夕陽に染まる赤い頬に 口づけてもいいかい」
と唄っている場面でした。ちょうど本当にそのフレーズだけだったのですが、とても印象に残り、その時は初めて耳にしたので
「何という曲なのだろう」と疑問に思っていました。
その後、しばらくしてラジオで聴いたのか、ライブで聴いたのかは忘れましたがこの曲が「ゴルゴダの丘」という曲だと判明しました。
だからレコード発売前に聴いた時にはそのフレーズが入っていたことは間違い有りません。
実を言うと『文明 I 』でこの部分が割愛されていたことは全く気が付いていませんでした。『MEMORIAL』を聴いたときに「あれ!?」
と思って『文明 I 』の歌詞カードを見て初めて気が付いたほどですから私の中ではおそらく ♪夕陽に染まる赤い頬に 〜 の部分
の歌詞が存在するのが当然のように思っていましたし、存在したバージョンでライブなどでは聴いていたように思います。
ただし『文明 I 』リリース時に気が付いていなかった事実を考えるとライブで“割愛バージョン”を聴いていても気が付いていなかった
だけなのかも知れませんが。
i-mac --2006年04月13日(木) 22:30 [71]

■「ゴルゴダの丘」と「箱いり息子」の主人公?が同一人物だということですが、私は「箱いり息子」の主人公は英五さんご本人だと
聞いたような気がします。(但しフィクションでイメージしていると言う意味だと思うのですが。)
テレビが登場した昭和27年は英五さんの誕生年ですし ♪夏の暑い夜には 両手にうちわを持って かわるがわるに風を送った〜
という歌詞の部分の話もされていた記憶が有ります。
私は、この曲に登場するテレビが真空管のテレビなので“長時間見ていると温度が上がってきて調子が悪くなってくるのでうちわで
扇ぐ”のかなと勝手に歌詞を解釈していたのですが、全く関係なく「夏の寝苦しい夜に家族で並んで寝ていると暑いので交代でうちわ
で扇いだ」という話でした。
身内の方ではなくご自身をイメージしての作品だったとしたら「ゴルゴダの丘」の人物もご本人なのでしょうか?
i-mac --2006年04月13日(木) 22:32 [72]

■私が初めて「ゴルゴダの丘」を聴いたのは、79年のラジオ「たったひとりの146分」で、♪夕陽に染まる赤い頬に〜♪の部分も鮮明に頭の中に入っていたので、逆に80年以降アルバムバージョンを何度か聴き違和感を覚えたものでした。とはいえ私の勘違いで、♪夕陽に染まる赤い頬に〜♪をつけて唄われた事も何度かあった事を思い出しました。
「箱いり息子」については言葉が足りずすみません。
♪夏の暑い夜には 両手にうちわを持って〜♪については、私も英五さん自身の体験談の話を何度か聞いています。そういう意味で、英五さん本人の話と、「ゴルゴダの丘」の主人公(と言っても相手側の君の方ですね)の話を融合して作られた作品だと思われます。厳密に言えば、♪両手にうちわを持って〜そんな思い出僕にはない♪と否定しているので、僕≠英五さん と言えなくもないように思えますね。(笑)
「箱いり息子」は、お母さんと息子の二人暮らしの設定になっていると思うのですがどうでしょうか。
ちなみに、♪夏の暑い日には〜♪と唄われた事もあったと思います。
ムラ --2006年04月15日(土) 00:37 [73]

■「ゴルゴダの丘」を初めて聴いたのは78年の3月か4月・・・もし4月だったら、後日その時のもようが一部OAされましたので♪夕陽に染まる〜 で唄われた記録が残っています。生で聴いた「ゴルゴダの丘」は全て「(正調)ゴルゴダの丘」だと思っています。79年のNHK-FMでのスタジオライブでは、「自分の父親のことを信じられなくなった少女のことを歌っている。」と話され、♪夕陽に染まる〜で唄われています。1件だけ、90年代に「加古川チャリティライブ」で唄われた時は、リリース盤と同じで割愛され唄われたという報告を頂きました。別のファンの方からは♪夕陽に染まる〜 が無いと、あとの♪心のぞかれそうで〜 が生きてこないという意見を頂戴しました。そう言われればなるほど「そうだね君の言うとおりだよ!」と頷いてしまいました。
管理人 --2006年04月21日(金) 01:19 [74]
No.104
うちの仔犬は〜・・・

■英五さんが生を受けて以来、河島家で飼っていた犬は何匹でしょうか。
またそれぞれ通常散歩は誰がしていたのでしょう。
ムラ --2006年03月21日(火) 11:21 [64]
No.103
『スーパーベスト』

■”スーパーベスト 河島英五 2006年01月16日発売”って、何なんでしょう? 『GOLDEN☆BEST』の廉価盤でしょうか??
管理人 --2006年02月02日(木) 02:23 [62]

■『スーパーベスト / 河島英五』 収録曲
「酒と泪と男と女」「野風増(お前が二十歳になったら)」「よぼよぼじいさん」「時代おくれ」「生きてりゃいいさ」「祖父の島」「訪ねてもいいかい」「ほろ酔いで」「おばあちゃんのひとりごと」「カヌーにのって」「旅的途上」「太陽の島」(全曲ライブ音源) 2006/01/16 発売 ARC ASB-1032
管理人 --2006年02月02日(木) 19:08 [63]
No.102

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